現代の楽器は数億円のヴィンテージ品よりも良い音がする

英国の新聞 the economistに次のような記事がありました.

Modern violins are better than 300-year-old ones

(現代のヴァイオリンは300年前の楽器よりも優れている)

記事の内容を簡単にまとめると,次のようになります.

  • 現代のヴァイオリンと数千万円の価値があるとされる300年前のヴァイオリンを用意して,どちらの方が良い音がするか実験的に比較した
  • 実験は演奏家に対しても聴衆に対しても行い,いずれも現代の楽器が優れているという結果になった

比較されたのは,アメリカのミシガン州にある工房で作られた現代のヴァイオリンと,イタリアのクレモナで作られた300年前のヴァイオリンです.クレモナはアマーニ,ガルネリ,ストラディバリなどの工房があったことで知られる音楽と楽器の街です.

実験は,フランスにあるMarie Curie大学のClaudia Flitz教授らによって行われました.ゴーグルを装着した演奏家が,自分が演奏している楽器が見えない状態で演奏し,新しい楽器と古いものとでどちらの音が良かったか判定しました.その結果,演奏家は新しい楽器と古い楽器の区別がつかず,かつ新しい楽器の方が良い音であると判定しました.

一方,聴衆に対しても同様の実験が行われました.ニューヨークとパリの2箇所で,コンサートホールに集めた聴衆に対して,音だけを通すスクリーン越しに新旧それぞれの楽器が演奏されました.ヴァイオリンソロと,ヴァイオリンが主役になるオーケストラ曲の二通りで実験を行い,いずれにおいても新しい楽器が優れているという結果が得られたそうです.


記事で言及されている論文は,米国の雑誌Proceedings of the National  Academy of Sciences of the United States of Americaに掲載された以下のもののようです.

Listener evaluations of new and Old Italian violins

(新旧ヴァイオリンの聴衆による評価)

こちらの論文を読むためにはライセンスが必要なのですが,Flitz教授らの前論文,演奏家に対する先行実験の報告はオープンアクセスになっており,誰でも読むことができる状態になっています.

Soloist evaluations of six Old Italian and six new violins

(演奏家による6つのイタリア製古楽器と6つの現代楽器の比較)

こちらの論文を読むと,実験では現代の楽器もヴィンテージ楽器も6台ずつ用意され,演奏のしやすさや聴感上の音量など6つの項目で点数付けを行ったことがわかります.演奏した楽器が新旧いずれかに対応するかというブラインド・テストの結果も載っていますが,古い楽器のうち1台をのぞいて,新旧合わせた11本の楽器でほとんど正確な区別がつかないことが示されています.

日本のテレビ番組でも時折にたような趣旨の企画が見られますが,プロの演奏家でさえ区別がつかないのですからとても難しい試験であることがわかります.

2017年の新しい論文においても,調査対象が演奏家から聴衆に変わっただけで,基本的な実験の流れは同じなのではないかと予測できます.演奏者特有の評価項目が別の項目に置き換えられているはずですが,総合的な良し悪しの判断や新旧の判断は演奏家の場合と同様の結果になったようです.

フランス語のウェブサイトですが,こちらのページで実験の様子が見られます.写真を眺めてみるだけでもイメージがつかめるかと思います.

Stradivarius : la fin d’un mythe ?


この実験結果の解釈はいろいろなものが考えられます.現代の技術で作られる楽器が,高額かつ希少な名器に引けを取らないことは,予算の限られた多くの演奏家にとって朗報のはずです.一方,300年経ってもなお現代の先端技術と渡り合えるヴィンテージ品の実力はやはり揺るぎないものと思えます.the economistの見解では,楽器とはそれ自体が芸術作品なのではなく、芸術を生み出すための道具に過ぎないとされていますが,それは決して悪いことではなく,歴史的経緯やブランディングの力を借りずとも,単体の実力で価値を生み出すことができるとも言えます.